ついにというか、とうとうというか、、、私の住む岡山県でも小6児童がホームルーム中に同級生を持っていたナイフで刺す!、という事件が起こりました悲しい

正直な話し、他県での事件だとどうしても他人事という感が否めなかったのですが、同県での事件ということで「他人事」じゃないと実感させられました。

事件のあらましはホームルーム中に口論になり、加害者児童がカッとなり筆箱に入れていた折りたたみナイフで被害者児童のわきの下を刺したということらしいです。
幸い被害者児童の怪我は軽傷ですんだようで明日には退院できるということです。

私にとってショックに追い討ちを掛けたのは凶器となったナイフはボーイスカウト活動で使用していたものだったらしいんです。
そう、加害者児童はボーイスカウトに入っていたようなんです・・・

ボーイスカウトに入っていて、ナイフまで使用させる場合、ナイフのというか刃物の危険性についてはどの隊でも徹底しているはずですので、ショックが大きかったです。

私見ですが、児童は刃物の危険性は十分把握していたんだと思います。
しかし、刃物の危険性は理解していたとしても、これで刺したら駄目だという歯止めが利かなかったのでないかと思います。

今回の事件に限らず、程度の差はあれ自身の抑制が利かない人が最近増えてきたように感じます。

これがゆとり教育のもたらした成果なんでしょうか?


この原因と直接関わるかは分かりませんが、先日大阪滞在中に新聞でこんな記事を読みました。

読売の経済新聞で3日間に渡って一面で連載された「DEATH EDUCATION」についての記事です。
この記事でショッキングだったのが、なんと現在の小学生~高校生にアンケートをとった結果、、、、約半数が死んだ人間は生き返ると回答したというんです!!

小学生はおろか中学生にもなって、未だに「死」というものを理解していないんです。
しかもその理由というのがテレビでみた奇○体験アンビ○バボーのようなテレビ番組を見ていて、人間は生き返れるんだと思っていたというんです、、、
これには唖然としました、、、、

新聞には、「近年日本では子供を死の現場から遠ざける傾向がある。葬式は自宅でやることが少なくなり、死に出会う回数はグッと減った。しかも子供は騒ぐからといって子供を葬式に連れて行くこと自体が少なくなっている。そういったことが身近に死を体験できなくなったのが原因の一端ではないか?」とありました。

確かに私も小さきときから葬式には参列していましたし、家族が死んだときは一晩中死体の横で線香の火を絶やさないように火の番をしていたこともありました。
私だけではなく、皆さんも人間の死に触れ合った経験は少なからずあると思います。

まあ、かくいう私も子供のときに「死」をしっかりと理解していたかというと、きっとしてなかったと思います。

ただ、子供なりに「死」を受け止め理解しようとしていたと思います。

飼っていたペット達が動かなくなったとき、その原因が自分にあったことで、そのペットに対しての罪悪感・・
ペットがいなくなったことへの喪失感・・
子供なりに感じることは多々ありました。

そうした経験を積む内に、生き物や他人に対する思いやりが生まれるのではないかと思います。
「生」ということの大切さ。
そのことをしっかりと子供たちに教えることが大切なのではないかと思う今日この頃です。
「死」は遠ざけるのではなく、常に身近に存在するということをしっかりと再認識させられる出来事でした。


「DEATH EDUCATION」というのは、直訳すると「死の教育」ですが、その新聞記事を書いた大学教授によると「死を通して生の大切さをしる」というものらしいです。
一部学校では現在既に行われているようですが、カリキュラムも何もなく、「死」というとてもデリケートな問題を正しく子供たちに伝えられなおかつその後のケアも出来る人材はあまりに少なく、現状においては熱意のある学校が退職後のベテラン教師を登用して非常勤で教えていたりというのが、現状なようです。

「死」をタブー視する日本においては、この授業は学校教育の中に組み込まれる可能性は少ないと思いますが、まずは自分が出来ることから始めたいと思います。


といっても、まだ未婚ですのでまずは子供を作らなくては・・・落ち込み








と、ない頭を使うと疲れましたので、話をころっと変えます。

先日のプチオフでwingさんから戴いた、キーチェーンライト、、、、
そのままだとなんだかちゃっちいので、こんなの作ってみました。
kawa7.jpg

欲しい方います?